古稀日記 2023年3月27日 【Good bye to 1990’s!】

私の仕事場は足の踏み場が無い(文字通り。ドアを開けてジグザグ歩行でMacを置いているデスクにたどり着く)状態でした。コロナ禍の当初に、2000冊近い絵本とリソースブックを敬和学園大学の児童英語資料室に寄贈しましたが、手作りの教材やら、音源がカセットだった時代からの膨大な資料が手付かずでした。Beehiveの執筆のために使った教材、近々の1年間でウクライナのオンライン授業に使った絵本や教材が、置いたところに留まっている状態。

コロナが収まってきて人の往来が出来るようになり、ぴろこさんにSOSを送ったところ、春休み中に数日お休みが取れます!と赤い愛車でピューっと来てくださいました。二泊三日の助っ人です。

何年も棚に眠っていた本、資料、教材を捨てることにしました。1990年代の資料は、エイやっと捨てました。すると、存在することを忘れていた資料を見つけました。やった~っ!30年前に韓国でセミナーをした際の関係者への案内状(invitation)をご覧ください。この時、韓国は小学校で英語教育を開始する準備をしていて、午前と午後の計4時間(昼食を含む)のセミナーに韓国全土から200人の参加があり、文科省からの参加もありました。この時教材として扱ったアジソン・ウェスレーの絵本を、30年後にウクライナのオンライン授業で使っているのですから、traditional talesは色褪せないのですね。

セミナーの前日は、アジソン・ウェスレー韓国社の社員全員でジンジャーブレッドマンクッキーを焼いたくれたのを思い出しました。絵本を実感させるために、アジアの子どもにはジンジャーブレッドマンクッキーを食べさせるというレッスンプランでしたから。あの時は、仁川(インチョン)ではなくて、ソウル市内の金浦(キンポ)空港と羽田を往復したように記憶しています。昔々の話です。

↑資料はスキャンしてデジタルで残すことができます。紙を捨てることができます。この30年の進化を実感します。1990年代にピクチャーパフィンを普及する仕事をしていました。その時の名刺が出てきました。8cm✖️12.7cmという大きさで、当時のピクチャーパフィン代表作を選んで配置してあります。絵本のタイトル、作者、わかりますか?

さてさて、強力な助っ人のおかげで断捨離が進み、仕事場は素敵な空間になりました。壁一面の作り付けの棚がサクッと空きました。テーブルの上に積み上がったいた物どもの居場所を決めました。ウクライナのオンライン授業で使ったもの、これから使う予定のものを同じ場所にまとめることができました。出窓に積み上がっていたものが、あるべき場所に移動しました。写真↓は、私のデスクからの眺めで、勧進帳のポスターのドアの向こうにも小さい資料部屋があります。

天井から下がるペンギンは1990年代の名残です。

明日から、気持ちよく仕事ができます。

コメント (2)
  1. よりたん より:

    ひさしぶりにこんにちは。この「仕事場」には昔一度だけお邪魔したことがあります。膨大な絵本や資料、可愛いグッズ達に圧倒され、どれだけ長く、そして深く英語教育に関わっていらしたかがよくわかりました。(現在完了進行形ですね。)このお部屋から多くの教材や指導書が生まれて、国内外の先生方や子どもたちにとんでもなく大きな貢献をされたかと思うと感慨深いです。私も恩恵を受けた一人なので、この場を借りて心からお礼を言いたいと思います。(*片づけ上手なぴろこちゃんにも感謝~)
    ウクライナの子どもたちのオンライン授業も一年経ちましたね。こんなに長く戦争が続くとは思いませんでしたが、今も毎回授業に改善を重ねていらして頭が下がります。学校で対面で授業を受けられない子どもたちのためにがんばってください。

  2. 外山節子 より:

    よりたん、コメントをありがとうございます。

    PENフォーラムで新潟にいらした時に、三条に足を伸ばしてくださいましたね。ずいぶん「昔」になってしまいました!

    教材の整理はまだ続きますけれど、今は床が全面見える状態で、とても快適です。4月の第1週は、愛子先生の学長就任式なので、オンライン授業をお休みします。第2週は、通常の子どもの授業と、ティーンエイジャー対象のMIの授業をします。ウクライナの子どものために頑張ります。

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