古稀日記 2023年7月15日 【Kabuki】

大雨のニュースを見ると2004年7月13日の三条の洪水を思い出して胸が痛くなります。大雨の地域の友人に安否を尋ね、ご無事がわかるとホッとします。

ここ数日は、暑さと湿度に負けそうですが、仕事場のエアコンを除湿にし、小さいサーキュレーターで空気を攪拌し、そうすると足元がやけに冷えるので、足首ウォーマーを着用するというチグハグな態勢でMacに向かっています。

水曜日(12日)に歌舞伎座夜の部を観ました。東京は猛暑日。数分歩くだけで具合が悪くなりそうで、ニュースで「できるだけ外出しないように」と言う意図を実感しました。今月の歌舞伎座夜の部は、3つの演目がどれも力作で、おきぬちゃんと「チケット代を安く感じるよね」とうなづき合いました。相談して同じ日に観たのではありません。偶然でした。おきぬ&おせつは、赤い歌舞伎糸で結ばれていて、先月も偶然同じ日に見物したのですよ。終演後夕食をご一緒しながらおしゃべりするのも歌舞伎見物の楽しみです。

一、神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)は、数少ない女形主役の演目で、児太郎が全力で演じています。もとは人形浄瑠璃です。人形はどんな動きもできますが、歌舞伎になると人間が演じるので、大げさな演技と身体能力が求められます。主役お舟は一晩泊めてくれと訪れたハンサムな新田吉峯(よしみね)にくらくらっときます。一目惚れです。児太郎は赤姫や傾城のニンとガラですから、小娘を演じるのは難しいはずですが、この「一目惚れ」のあたりから、本当にお舟に見えてきます。

吉峯は彼女連れなのに、お舟の一心の口説きにこれまたクラクラっときます。しかし、お舟の父親は、吉峯の兄義興(よしおき)を殺害した悪党なので、お舟と吉峯は「結ばれてはならぬ」間柄です。後半でお舟は吉峯を逃そうとします。悪党の父頓兵衛を相手に立ち回りを演じますが、瀕死の傷を負っているので、這っては立ち、立っては転げ、のたうちまわり、頓兵衛の行手を阻んでえび反りもします。

この頓兵衛は、亡くなった左團次さんの息子男女蔵が堂々と演じています。これも適役でした。古典の悪役は拵えが大きくて実際より体が大きく見えます。悪役の声も声量も素晴らしくて、浄瑠璃の愛太夫とのセリフの受け渡しも完璧でした。愛太夫さんが完璧だったと言うべきか。太夫は舞台の演者を見ながら絶妙のタイミングで語ります。頓兵衛が二人いるようでした。愛太夫さんは頓兵衛になりきって体を動かし男女蔵頓兵衛と同じに顔になって大音声で語るので、血管が切れてしまうのではないかと心配になるほどです。私は愛太夫さんの大ファンです。

私はこの演目を、右近、七之助、梅枝で見ていますが、児太郎がいちばんはまり役だと思いました。お舟は、きれい過ぎても、たおやか過ぎても、真実味がありません。小太郎のフィジカルを活かした全力投球に心が動かされました。児太郎のお舟は人形浄瑠璃の人形お舟に命が吹き込まれた生身(なまみ)のお舟です。伝統を守り、継承された演技を、すっかり自分のものにして、全身全霊で演じていて、最後に柱に巻きついて見栄をするお舟に見とれました。もっと見ていたかったのですが、幕が閉まりました。

二、め組の喧嘩は、火消しと相撲取りの大げんかの場面で大立ち回りがあり、役者たちのアドレナリン全開で理屈抜きに楽しめます。私はこの演目が好きで、様々な配役で何度か見ています。團十郎襲名前の海老蔵辰五郎も観ました。喧嘩に出るとき、辰五郎は「やっつけろい!」と叫んでかわらけを叩き割ります。かわらけのカケラが客席に飛んでくるなんてあり得ないのですが、海老蔵辰五郎は容赦なく足元に叩きつけました。カケラが飛んできまして、拾いまして、お守りと思って持っていますわ。今回も飛んでくるかと期待していたのですが、團十郎辰五郎は舞台奥に飛ばしました。大人になったのね。普段は上演されない場面も入れることで、鳶頭辰五郎がただ喧嘩っ早いだけでなく、筋を通そうとする江戸っ子であることがわかりやすくなっています。通しなので2時間の長丁場ですが、場面転換の時間をできる限り短くしています。團十郎の歌舞伎への取り組みは大したものです。大勢の役者を揃えるのも、通し上演を実現するのも團十郎ならではです。今月のめ組は見ておく価値があります。

三、法楽舞は、新歌舞伎十八番の1つで、舞踊、早替り、ぼたんと新之助の小さい二人が押し戻しで出るなど、大サービスの演目です。ぼたんは踊りがますます上手くなっていて、押し戻しの「女暫」の拵えは愛らしく且つ凛としています。おそるべきDNAです。特記すべきは音曲で、河東節、常磐津、清元、竹本、長唄が勢ぞろいしてそれぞれがソロをとったり、全員で合奏したりで、この音の厚みと迫力は今まで経験したことがありませんでした。團十郎でなければ、これだけの演者の出演を実現できないでしょう。

歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人」(かぶきびと)で、三演目のダイジェスト映像があります。Do check it out!

コメント (4)
  1. 小野 由紀子 より:

    「かわらけ」初めて耳にする言葉です。調べてみて知ることが出来ましたが、そのカケラが節子先生のところに飛んで来たなんて、何とラッキーなことなんでしょう!!お席が前の方だったのかなと想像しています(*’▽’)

  2. 外山節子 より:

    ゆきこっち〜!コメントをありがとうございます。「かわらけ」は歌舞伎にはよく登場する小道具です。カケラが飛んできたときは、本当に驚きました。舞台に近いお席では花吹雪とか色々飛んできます。(^ ^)

  3. えの字 より:

    灼熱のお江戸にようこそお出ましくださいました‼外は暑いですが、歌舞伎座観劇も長いこと座っていると足元冷えてきますね。おしゃれな靴下をちゃんと履かれお姿素敵でございます(´▽`ʃ♡ƪ)私はせの字の演目解説がイヤホンガイド以上に好きでございます。『歌舞伎美人』チェックいたしました。今月は歌舞伎座に足を運べず、また猿之助の一件でもう彼の演出、舞台が見ることが出来ないのかと意気消沈していたところ、役者の成長と今まさに歌舞いている舞台を魅力一杯に伝えてくださいました。あぁ、やっぱり生の舞台はいい~~!!8月中村屋は観に行きたいと思います( •̀ ω •́ )✧

  4. 外山節子 より:

    えの字〜!コメントをありがとうございます。

    そうなんです。「猿之助の一件」はとても重くて、不用意に何か書くことが憚られます。歌舞伎自体が衰退しないことを願うばかりです。「ワンピース」をご一緒に観た時のことを思い出します。楽しかったですね。

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